TC協会ニュースWeb版 第69号

テクニカルコミュニケーションが「脱皮」してわれわれの目指す方向は?
TCシンポジウム 2005開幕

満席のパネルディスカッション「進化するテクニカルライティング」と五十川さん

TCシンポジウム 2005(東京開催)が、9月1日と2日、工学院大学(東京・新宿)で開催された。参加者1110人は、過去最高だった1991年に次ぐ2番目の規模。冒頭のあいさつで、実行委員長の市田裕子さん(ソニー)は、「わたしたちはテクニカルコミュニケーターとしての専門性を磨いてきましたが、まだまだ満足してはいけない、今後もできること、やるべきことがいっぱいあります」と述べ、経済産業省商務情報政策部の杉浦健太郎さんは、「ネットワークの発達により、ブログ、ソシアルネットワーキング、あるいはオンラインゲームと、多くの人が集まってかんたんにコミュニティやコンテンツを作る時代になりました。そこにもTCが存在します。一方、IEC62079採用の動きに見られる日本のマニュアルの国際化に向けてもTC協会の活動は重要です」と語った。そして、テクニカルコミュニケーションの「脱皮」をキーワードにした実り多い議論が二日間にわたって繰り広げられた。

変化が求められるコミュニケーターの意識

このままではいけない、と誰もが感じつつも、理論面においても技術面においても停滞気味だったTCの世界。それは、単に説明対象製品や制作環境の激変に追いついていけなかっただけのことなのか、もっと根深い原因があるのか。雨宮拓さん(オフィス・スクリプタ)、五十川芳仁さん(イソガワスタジオ)、黒田聡さん(情報システムエンジニアリング)の3人の気鋭のパネリストを迎えて議論が繰り広げられたのは、「進化するテクニカルライティング」と題されたパネルディスカッション。

「ユーザー」という虚像
  われわれは、安易に「ユーザーの立場」「ユーザーが知りたい情報」などと口にするが、「ユーザー」って何だろう。五十川さんは、「私がユーザーという言葉を耳にすると、こんなイメージを連想します」と、日本古来の妖怪「百目」を連想させる次のイラストを示した。

「私は、こんなユーザーを思い浮かべてライティングしているのではありません。裏の魚屋さんとか、親戚のおばさんとか、顔も性格も知っている特定の誰々さんを相手に書いているのです。この人に、あの人に、この製品を上手に使ってほしいから」とも。

「標準」や「ルール」はマイナスに機能することも
  このディスカッションでは、「用語を統一しただけでマニュアルができ上がったと勘違いする人がいます」という指摘があった。用語を統一するのは何のためか、表現などに一定のルールを設けるのは何のためか、そして誰のためなのか、その部分がすっぽりと抜け落ちていませんか、という問い掛けだ。確かに、TC協会自ら、その創設期から多くのガイドラインなどを制定し、積極的に標準化を推し進めてきた。しかし、協会はまた、ガイドラインを発表するごとに「これはあくまでも押さえるべきベースを記したガイドラインである。各自、各社が自由に肉付けし、必要であれば変形して利用してほしい」と訴えたはず。ところが、ガイドラインからルールが生まれ、いまはともすればそのルールの中に閉じこもっていやしまいか。そこから生まれるのは、「テクニカルコミュニケーション」と称する得体の知れない小手先の技術、合理化とコストダウンのための方便に過ぎない。「脱皮」を標榜するからには、ときには自ら作ったルールを破る努力も必要だ。

テクニカルコミュニケーターはどう転身できるか

圧倒的な好評を得た、千葉明子さんによる初級テクニカルライティング講座

「使い手中心のモノづくりにTCはどう関わるか〜モノへの取扱情報組込みとは!」と題されたパネルディスカッションでは、テクニカルコミュニケーターは今後モノづくりにおける人間中心設計の部分に関わっていくことができるとし、そのためにどんなスキルを身に付ければよいかを探った。その中で、パネリストの一人である郷健太郎さん(山梨大学)は、以下のように説いた。

  • システム開発においては仕様ではなく「シナリオ」を書かなければならない(シナリオ・ベースト・デザイン)。
  • シナリオにおいて「ユーザー」は「製品を使うひと」といった漠たるものではなく、「A山B子さん、76歳女性、老人ホームで生活・・・」などと、とことん個人としての肉付けがなされた「ペルソナ」であり、そのA山B子さんにとって(のみ)わかりやすいドキュメントを作っていく。そのような人格を想定するからこそ、たとえ複数の人間が関わったとしても整合性のとれたドキュメントが生まれる。((ただ「製品の使い手」とだけ定義しても、人それぞれ「製品の使い手=いわゆるユーザー」に対するイメージもアプローチのしかたも異なる。)
  • シナリオ・ベースのデザインができるのが、いままでマニュアルに関わってきたテクニカルコミュニケーターである。
    奇しくも、パネルディスカッション「進化するテクニカルライティング」における主張と、一部が一致した。

日本のマニュアルにも国際化の要請が

このシンポジウムではまた、多言語展開の新しいワークフローを考えるパネルディスカッションや、マニュアル評価において国際規格が確立されようとしている状況は日本のマニュアルをどう変えていこうとしているのかを探るパネルディスカッションが人を集め、世界の中で国際化を要請される日本のマニュアルについても焦点が当てられた。

このシンポジウムの基底を流れていたのは、「いま、そしてこれからテクニカルコミュニケーターに求められるのは何だろうか」という素朴な疑問、そしてその回答を模索しようとする姿勢だ。『脱皮』というキーワードは、この雰囲気を見事に作り出した。われわれがテクニカルコミュニケーターとして正しく機能するために必要なのは、すべての説明書や文書に当てはまる話ではないにしても、技術やルールにも勝って、「あの人に伝えたい、この人とこの喜びを共有したい」、という非常にプリミティブな、コミュニケーターの心のありよう(モード)であり、それこそが結果としていい仕事の成果を導くのではないだろうか。

(取材・構成 小谷 洋一)
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ふたつの賞が新設されたマニュアルコンテスト

例年通り、日本マニュアルコンテストの表彰式が、シンポジウム初日の9月1日、会場の工学院大学1階アトリウムで開催された。
今年は、「見開きデザイン賞」と「企画賞」のふたつの賞が新しく設けられた。「見開きデザイン賞」は、見開きにうまく情報をデザインし、見開きならではの効果と訴求力を発揮した作品に、「企画賞」はすぐれた企画であるのみならず、その企画が実際のマニュアルで実現された作品に贈られるもの。それぞれ、株式会社創英(作品:タイガーコーヒーメーカーACO-A型取扱説明書)およびソニー株式会社(作品:Walking Through Anycast Station − Tutorial)が受賞した。
そして、今年のマニュアル・オブ・ザ・イヤーは、キヤノン株式会社(作品:EOS Kiss Digital N 使用説明書)が、「EOS Kissを手にしたユーザーが期待すること、他のデジタルカメラから一眼レフデジタルカメラにランクアップしたユーザーが期待することに、奇をてらうことなくオーソドックスに答えたがゆえに完成度の高いマニュアルになった」との理由で受賞の栄冠に輝いた。

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基調講演:「アフォーダンスは行動を引き起こさない」

東京大学大学院情報学環・教育学研究科教授
佐々木正人(ささき まさと)さん

その研究ときたら興味津々である。ひっくり返したカブトムシに何を与えたら起きあがれるか。講演会場のスクリーンに次々とカブトムシのビデオが映される。紙は? タオルは? 紐は? 床のへりは? 傾斜は?
重くて足がひっかかるものなら、ほとんどだいじょうぶ。滑るものは難しい。驚くべきはシソの葉である。カブトムシは、自分の上に置かれたシソの葉に、すがるようにしがみつくが、やがて丸めはじめる。その重心をさぐるように持ち替えては振る。そして、振幅が大きくなったところで、ひょいと起き上がる。
「ちょっと見直しませんか、カブトムシ。午前中はダメです。ボーッとしてます。低血圧なんですかね。でも、夕方になるとけっこうがんばります」
これが、「カブトムシの起きあがりのアフォーダンス」の研究。

そう、この「アフォーダンス」という言葉。この講演を紹介するのには避けて通れない。が、どこかで見かけたような気がするが、意味がわからない。しかも、見かけた場所がユーザーインターフェースとか、認知心理学とかだった。このあたりの分野には、あまり踏みこみたくない。マニュアル制作に隣接しているが、直接は関係ない。似てるけど、ずいぶん違う。扱う情報量が違いすぎる。マニュアルでは数百ページの情報を扱う。同じ次元では語れない。分厚いマニュアルのごく一部を取り上げてユーザビリティーテストをやる、あのもどかしさのようだ。ドアの取っ手をどんな方向につけるかは重要だが、それは商品開発の話で、マニュアルの領分ではない。商品開発や広告やデザインには役立ちそうだが。
もちろん、前日、「アフォーダンス」という言葉をネットで検索するくらいのことはした。「ついついそうしてしまうようなデザイン」といった意味らしかった。
が、当日、席について失敗に気づいた。演題が「アフォーダンスは行動を引き起こさない」だった。「ついついそうしてしまう」ではないなぁ。

「非常に過激なタイトルですが、四人でやった打ち合わせの間に決まったもので、ボクの責任は四分の一。人が来ていただくためにつけたタイトルです。それほどノーマンさんのことを悪く言ってはいません」
講演の最初に、佐々木氏がそうことわった。しかも、「この『アフォーダンス』というのは、知覚心理学者ジェームズ・ギブソンが、1950年代後半に2冊めの本を書く直前に使い始めた謎の言葉です」
だそうだ。やっぱり「謎の言葉」。そして、ジェームス・ギブソンの生涯とその研究について語られる。
「アフォーダンス」の定義は、「環境が動物に与えるもの」。やはり謎だ。これが、「ノーマンさん」(ドナルド・A・ノーマン。『誰のためのデザイン?』の著者)のところで少し歪んで、「アフォーダンスが行動を引き起こす」かのような誤解がひろまったということらしい。「アフォーダンスは行動を引き起こさない」というのは、ギブソン自身の言葉だそうだ。

ビデオも次々と上映される。カブトムシだけではない。階段を降りる人の足先がステップのどのあたりを踏むか、赤ちゃんはどのようにはいはいするか、絨毯を敷くとどう変わるか、どうやって立ち上がるか。そのビデオで、認知や行動について研究しているのだという。ひとつのテーマを決めるとそれを2年くらい続けるという。研究スタッフが次々と目をやられるそうだ。佐々木氏も網膜剥離を起こしたという。
「一週間、このカブトムシ、見たんです。毎日見てると、酒のつまみの冷や奴を見ても、『このシソで起きあがれるかな』と思っちゃうんですよ」

環境と行為の観察からのデザインとして、去年の基調講演の深澤直人氏の作品も紹介された。それを見ると、この講演が去年の基調講演の理論編にも見えてくる。
そうやって、楽しく聞き終わってしまった。しょうがないので、佐々木氏の『アフォーダンス−新しい認知の理論』(岩波書店、1994年)を買った。百数十ページのコンパクトな本。今度はわかったような気がした。
ギブソンは、人や動物の知覚を究明するのに、条件を絞りこんで行う実験室での観察では、ラチがあかないと思ったらしい。点の刺激や一瞬の刺激をいくら調べても現実と遠すぎる。人は点ではなく面を、面ではなくレイアウト(配置)を知覚するのではないか、一瞬という架空の時間ではなく、流れる時間の中で、形ではなく動き・変形をとらえているのではないか、そう考えた人らしい。もっと、マクロに見直さないと、情報量の多さをとらえられないと思ったらしい。・・・そう。待てよ。このもどかしさはどこかで感じたことがある。そうか、このギブソンの思考の飛躍を応用すれば・・・。

(文:平湯あつし)
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TCシンポジウム2005【東京開催】参加者インタビュー

三村香織さん(株式会社リコー)

職種と経験年数は?
ライター、ディレクターを経て、現在は企画立案部門のマネージャーです。経験年数は、トータルで19年になります。

シンポジウム参加の目的は?
毎年「最新情報の収集・新しい知識の習得」を目的としてシンポジウムに参加しています。問題の解決のために参加する場合もあります。今年は、新しい規格「IEC-62079」についての情報収集と、マニュアルの動向を知るために参加しました。

シンポジウムは、目的に応えてくれましたか?
IEC-62079については、規格を読んだだけではわからない情報を知ることができました。また、マニュアルコンテストや発表を通し、電子は一段落し、紙マニュアルの見直しも必要であると、感じることができ、大変有意義でした。

杉山 紀子さん(株式会社日立テクニカルコミュニケーションズ)

テクニカルコミュニケーターとしての経験年数は?
15年になります。

今年は、何を目的に参加されましたか?
テクニカルコミュニケーターが活躍の場を広げていくために必要な技術や戦略とは何かを探ることを目的に、TCシンポジウムに参加しました。

その目的は達成されましたか?
製品のマニュアルを作るという意識から脱皮して、新しい分野へ挑戦していくことで活躍の場が広がる、というパネルディスカッションの内容は、テクニカルコミュニケーターの明るい未来を想像させてくれました。また、プレゼンテーション力や企画力の強化など、自己啓発を考える契機になりました。
今後もTCシンポジウムから発信される、業界の動向や新たな技術情報を楽しみにしています。

熊澤 宏さん(株式会社シイエム・シイ)

現在の職種は?
マニュアル制作部門の管理職で、ディレクターもしています。

現在抱えている課題はどんなことですか?
大きく3つあります。ひとつはマニュアルライターのノウハウをいかに残し、経験の浅いライターをいかに教育するか。2つめはいろいろな観点でマニュアルを分析・評価したいこと、3つめはより分かりやすいマニュアルを作成するためのひとつの方法として、レイアウト・デザインを見直したいということです。

どのプログラムに参加しましたか?
今年は2日目のみの参加でした。「IEC62079と日本のマニュアルの国際化について」と「マニュアルのデザイン・レイアウトを見直す」を聴講しました。2つめと3つめの課題については得るものがありました。

参加していかがでしたか?
今年は2日目だけの参加だったので、マニュアルコンテストの受賞作品を2日目にも展示して欲しかったです。ともかく、運営に関わっている皆様、大変ご苦労様でした。

石川明慶さん(株式会社富士通ラーニングメディア)

シンポジウムの参加目的を教えてください。
社内ではマニュアルのディレクションを行っています。今年は業界標準の知識を得るためと最新動向を知るために参加しました。

参加したプログラムを教えてください。
「パ05:進化するテクニカルライティング」「パ08:マニュアルのデザイン・レイアウトを見直す」と「特05:決定版!正しい印刷用PDFはこうやって作る」です。

参加後の感想をどうぞ。
参加目的はおおむね達成できました。やはり、PDF/Xが何かを学べたのは大きかったです。業界標準のガイドライン(ジョブオプションの設定とも言えますが)だったんですね。

これからのシンポジウムについて要望はありますか?
使い勝手の良いWebマニュアルの編集ツールってないでしょうか?業界標準・・・というツールがあるといいんですが。来年も期待しております。

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2005年度テクニカルコミュニケーション技術検定試験、受験対策勉強会日程決まる

2005年度のTC技術検定試験は2006年2月12日(日)に実施されますが、その受験対策勉強会が以下のとおり開催されます。

マニュアル制作ディレクション

  • 2005年12月2日(金)
    13:00〜16:30 新宿 TC協会事務局
  • 2006年1月12日(木)
    13:15〜16:45 渋谷 こどもの城
  • 1月14日(土)
    13:00〜16:30 大阪 天満研修センター

テクニカルライティング上級

  • 2005年12月16日(金)
    13:00〜16:30 新宿 TC協会事務局
  • 2006年1月12日(木)
    13:15〜16:45 渋谷 こどもの城
  • 1月14日(土)
    13:00〜16:30 大阪 天満研修センター

テクニカルライティング初級

  • 2005年12月1日(木)
    13:15〜16:45 渋谷 こどもの城
  • 12月15日(木)
    13:00〜16:30 新宿 TC協会事務局
  • 2006年1月12日(木)
    13:15〜16:45 渋谷 こどもの城
  • 1月14日(土)
    13:00〜16:30 大阪 天満研修センター

※受講料は、昨年度と同様、\5,000(非会員\10,000)。テキストは、それぞれの分野の技術検定ガイドブックを使用。

TC検定、テキスト、勉強会についてのお問い合わせ先

(まとめ:TC技術検定実行委員長 高橋尚子)
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森口先生の連載コラム

てぃー・しー 今昔(三)

プロフィール
北海道大学文学部卒業。米国南部工科大学テクニカルコミュニケーション修士課程修了。高校英語教諭、英文雑誌記者、機械翻訳アドバイザー、メーカーの社内テクニカルライター、フリーランス翻訳者等を経て、現在、広島国際大学助教授。専門はテクニカルコミュニケーションと辞書学。業績として、『ウィズダム英和辞典』(共著)、『日本語を書くトレーニング』(共著)、『電子辞書活用ハンドブック2005』(共著)などがある。

鉄砲伝来とTC

悲しい現実ではあるが、技術の発達が軍事需要に基づいている例は、歴史上少なくない。1903年にライト兄弟が発明した飛行機は、1914年に始まった第一次世界大戦で早くも兵器として取り入れられ、格段の進歩を遂げた。また、核はわざわざ「平和利用のための」という形容詞をつけなければならないほどに軍事と密接な関係を持っているし、我々が日々恩恵を受けているインターネットも元々はDARPA(米国防総省のDefense Advance Research Program)が開発したものである。TCに直結する例を挙げれば、10年以上前に私が英日機械翻訳システムの販売の仕事をしていた頃、大きな需要があったのが、軍事関係のマニュアルの翻訳であった。
  人類の歴史が戦いの歴史であり、その戦いを支える軍事技術が存在したことを考えると、技術に寄り添うTCもまた戦いの歴史に一役買っていたことは否めない。そこで、今回は、戦国時代の最新軍事技術である鉄砲に関わるTCの話を紹介する。

鉄砲の伝来は1543年。その約30年後の1570年、織田信長に敵対した石山本願寺の鉄砲衆は3000挺の鉄砲を保有していた。また、1575年の長篠の戦いでは織田信長・徳川家康の連合軍が3000挺の鉄砲を有効に利用して甲斐の武田軍を破ったと言われる。この長篠の戦い以降、鉄砲は戦国大名の間に飛躍的に普及する。
  その爆発的な普及よりしばらく前の話である。1559年、近江に滞在していた上杉景虎(後の謙信)は腫れ物を患っていた。この景虎に将軍足利義輝が見舞いとして贈ったのが鉄砲と火薬製造マニュアルとも呼べる『鐡放薬方並調合次第』であった。その文書は次のようなものである。

まず、形式は、縦の箇条書きである。ただ、各行の行頭に振られた番号は他の古文書でもよく見かけるように常に「一」で、手順を追っても「二」「三」と上がっていかない。文字表記は現代文と同じく漢字と仮名を使った和文で、文体は候文である。グラフィックはない。しかし、前回紹介した聖徳太子の『義疏』と比較すると、形式面でかなり現在のTCに近づいていると言える。実物の写真等が手元にないため、全体のレイアウト、字体、字の大きさなどは残念ながら不明である。
さて、その内容だが、最初は材料である。焔硝(硝酸カリウム)、炭、硫黄の3種類の材料とそれぞれの分量が1行ずつに書かれていて、その混合の仕方に二通りあるらしく、3行と3行で6行となっている。ただ、戦国時代は地域によって度量衡がバラバラだったようで、足利義輝の使っていた度量衡と上杉景虎の使っていた度量衡が同じであったのか疑問が残る。
次に、材料の一つである炭の製法が、5段落に亘って書かれている。炭の材料とする木の選択から始まって、焼く前の処理、炭の焼き方などが詳しく書かれている。
その後、焔硝の煎じ方と硫黄の性質がそれぞれ一つの段落で説明される。焔硝の段落は少し長めで、煎じるときの水の量や放置して乾燥させることが、硫黄については色による選別の仕方が記載されている。
材料が揃った時点で火薬の調合に入るわけだが、ここでも段落は一つである。ただし、その直後に「薬こしらへ候座敷へ、少も火を不可入候」で始まる段落が続き、火薬調合中の火気厳禁を示している。現代のTCならば文字通り「危険●〜*」とでもしたいところだろう。
その次が最後の段落になる。ここでは、この工程が非常に手間ではあるが、慣れてくると、一度に大量の火薬を製造することができる旨が述べられている。つまり、上級者向けコメントである。
そして、文書全体の最後に「大方此分、猶口伝籾井に申含候也」とある。これは、だいたいここに述べたとおりであるが、詳しくは「籾井」に聞くようにという意味である。「籾井」という人物が何者かは不明だが、現代のマニュアルで言えば、カスタマーサポートセンターの電話番号を載せるのと似通った心理かもしれない。

この火薬製造マニュアルがどの程度活用されたか定かではない。これを贈られた上杉景虎自身、他の戦国大名に比べて鉄砲の利用に消極的だったようでもあり、その点は歴史の皮肉と言える。しかし、鉄砲は購入してしまえば各戦国大名が製造する必要はないが、消耗品である火薬は合戦で鉄砲を使う限り製造し続けなければならない。戦国期を通して鉄砲は普及し続けたわけであり、火薬製造に関する知識は必要不可欠なものとなったに違いない。
さて、道具の作り方がわかれば、次は使い方である。鉄砲が普及するに連れ、各地に鉄砲上手とされる人々が出る。彼らの持つ鉄砲の運用技術は「砲術」と呼ばれ、16世紀末にはいくつかの流派が立ち、それぞれの秘伝書が作成されるようになった。私自身まだ詳しくは見ていないが、この秘伝書もまたマニュアルの一つと考えてよいだろう。写真を見る限り、形式面でも、箇条書きやグラフィックが使用されているようである。調査の機会があれば後日どこかで詳しく報告したい。

今回は人を殺める道具の話をしてしまった。その反省というわけではないが、次回は人を救う技術、医療に関わるTCの話をするつもりである。

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シリーズ TC 最・前・線

株式会社 島津製作所

会社プロフィール
社是として「科学技術で社会に貢献する」を掲げる、1875年創業の老舗企業。「人と地球の健康への願いを実現する」を経営理念とし、計測・航空・産業・医用機器をベースに、ライフサイエンス、環境、半導体など幅ひろい分野においてさまざまなソリューションを実現する製品やサービスを提供している。

シリーズTC最前線の第4回は、京都において創業130年の歴史をもつ株式会社島津製作所を訪問。TCシンポジウム2005大阪開催の運営にご尽力いただいたCS統括部の斉田輝彦CS統括部長、甲斐治課長、畝本あい子係長、そして辻岡啓司さんからお話をうかがいました。

マニュアル制作には相応のコストがかかるが、お客様の身にたったわかり易いマニュアルを制作する、という基本を各事業部のマニュアル制作担当者には、ぜひとも啓蒙していきたい、と斉田さん

まずは、貴社のマニュアル制作についてご説明ください
従来、マニュアルは事業部ごとに制作していましたが、経営幹部が海外出張した折、お客様や営業担当から、マニュアルが極めてわかりにくい、読みにくい、と不満を訴えられたことがきっかけとなり、お客様の満足度の向上をつかさどる当CS統括部のなかにマニュアル改善のためのグループが誕生しました。1999年のことでした。わずか3名でスタートしたグループも、現在は、マニュアル制作要員として社員5名、派遣5名、業務委託2名と、計12名を擁する部署になりました。CS統括部では、品質を改善するために、マニュアル制作を事業部から請け負うことを方針に、出荷量が多く事業部の看板商品のマニュアルから制作を着手しました。当初は、当部での制作請負には社内からの抵抗もありましたが、いまは理解が進んできています。請け負ったマニュアルは、全社の30%程度になっており、アウトソーシングもしていますが、ボリュームの点では内部制作のほうが多くなっています。

当社製品のユーザーは、技術者だけでなく初心者の方も増えてきている。より良いマニュアル作りのためには、ユーザーの声をこれまで以上に大事にしていかなければ、と甲斐さん

マニュアル制作の方針は
商品が多岐にわたっており、全体の70%は事業部で制作しています。すべてのマニュアル制作を請け負うことは現実的ではないので、当部の機能を全社のマニュアル制作の横断的管理として位置づけ、事業部のなかでマニュアル制作が自己完結できるよう支援していきたいと考えています。人材育成の面では、制作に関する基礎的な社内教育のカリキュラムができており、事業部単位で必要に応じて実施しています。また、品質の面では、売り上げが一定基準以上の製品のマニュアルを評価する仕組みができていますが、今後すべてのマニュアルを評価するために、全社的な基準やルールをつくっています。

先日、ある家電メーカーを訪問し、マニュアル体制についてお話を伺いました。決まりを作る部門、制作する部門・子会社、決まりどおりかチェックする部門が分かれていることに驚きとうらやましさを感じました。このような勉強の機会を増やして、当社に適したマニュアル体制の構築に役立てたいと思っています、と畝本さん

貴社のマニュアル制作に関する課題は
第一に品質の問題です。各事業部の開発担当者が商品を開発しながらマニュアルも制作しているのが現状ですので、マニュアル制作に時間をかけられない、開発者の制作するマニュアルは、商品知識があるだけにわかりやすさへの配慮に欠ける、製品の特性上ユーザーが限定されているため、品質に対する認識が低い、外部のテクニカルライターでは製品知識を得るまでに時間が必要または理解してもらえない、日本語版が悪いので、翻訳の質に影響するなど、マニュアルの品質向上の阻害要因がたくさんあります。つぎにコストの問題として、今後、各商品はハード機能以上にソフトの機能がどんどん増え、それに比例し、マニュアルの記述も多くなり、制作費が増加していくことが予想されます。このための情報の整理とコストの吸収を考えなくてはいけないと思っています。

協会に対してのご要望は
当社のマニュアル制作体制の確立はこれからなので、たとえば、TCシンポジウムの事例集のデータベース化ですとか、アウトソーシング先に対する制作発注時の詳細な手順書など、極めて基本的なことの標準化や作成のお手伝いをしていただけるとありがたいですね。

(取材・構成:三堀 邦夫、小谷 洋一)
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私のコミュニケーション考

株式会社パセイジ ルーク・モアハウス

1978年米国生まれ。1998年に来日、1年間同志社大学で日本語と日本の歴史、経済、時事を研究。帰国後、コロラド大学大学院で東アジア言語と文学を修め、2001年卒業。フリーの翻訳者を経て、現在東京の制作会社で社内日英翻訳者として活躍中

Continuous Partial Attention
Recently, at the Supernova 2005 conference in San Francisco, several hundred business leaders, technologists, and thinkers gathered to discuss and understand “how decentralization and pervasive connectivity are changing our world.” One of the presentations offered was Linda Stone's lecture on the concept of “continuous partial attention” (CPA), a term she coined in 1997 to describe a particular coping mechanism we have adopted to filter the constant stream of information and communications assailing us in the modern world.
With CPA, says Stone, a former top-level creative thinker at Apple and Microsoft, we ceaselessly attempt to divide our attention among ever more information sources and connections at once, “keeping the top level item in focus and scanning the periphery in case something more important emerges.” She distinguishes this behavior from so-called multitasking, whereby attention is applied relatively equally to two or more tasks, such as listening to the radio and reading a book. For example, an office worker suffering from CPA might relentlessly scan and prioritize e-mail messages from clients while instant messaging with a group of colleagues, typing out a text message on her cell phone, and keeping an eye on her RSS news aggregator, which continuously monitors her specified web sites and alerts her when one is updated. In a parody of the technologies she ties herself to, this worker is “always on,” always connected, all systems go.
Stone claims that continuous partial attention results from the illusion that we can stretch our personal attention bandwidth as easily and limitlessly as the network bandwidth of our machines.

Shifting Attitudes
Increasingly, however, it seems that the more we attempt to use technology to create and speed up our connections with others, the less joy and meaning those connections bring us. The constant barrage of communication, in all directions and in highly abbreviated form, spreads our attention thin and may leave many of us feeling distracted, overwhelmed, and a bit hollow inside. As Ellen Goodman of the Washington Post Writers Group notes, "Continuous partial attention inevitably feels like a lack of full attention."
Some core users of information and communication technologies (ICTs) are reaching the same conclusion. People once proud of being wired for instant communication twenty-four hours a day are deciding to “go dark,” by turning off and unplugging all their high-tech gadgetry, or limiting its use, to allow real human contact back into their lives. Neil Selwyn, a lecturer at Cardiff University in the UK who carried out a study in 2003 on people’s non-use of ICTs, suggests that in the future a majority of non-users “will consist of those who have been to cyberspace and were not impressed enough to stay.”
As non-use becomes a legitimate expression of personal boundaries in our tech-saturated world, quantity and speed of communication are taking a back seat to quality of communication. And for quality, nothing beats undivided attention.

The Importance of Full Attention
If we are plagued by a tendency to fracture our attention, then controlled and undivided attention is the natural solution. Indeed, researchers suggest that our ability to control attention, including focusing on a task and inhibiting distractions, may form a significant portion of our general intelligence.
Beyond science, however, common sense tells us that attention is key to most endeavors. A master glassblower differs from a novice in the depth and discernment of his attention, honed over years of heating, shaping, and observing the glass. He has trained his attention into an instinct, and the resulting glasswork is unparalleled.
We have simply forgotten that genuine and valuable communication is no different. Only the medium changes. Instead of glass, communication is crafted from the patient application of full attention to the entire range of human emotion and thought. As long as technology and the modern world continue to encourage the fracturing of attention, communication will suffer.


大意

「分散した不断の意識(CPA)」がおよぼす危機
CPAは、1997年にリンダ・ストーンが案出したことばで、同時に複数の情報源に対して意識を向けている状態を指している。ラジオで音楽を聞きながら本を読む程度のことであればよいが、メディアの発達により、いまオフィス・ワーカーは、クライアントからのメールを読みながら社内の同僚からのメッセージにも注意を払い、webで情報を検索し、個人的なメッセージを携帯電話で流す、といったことをほぼ同時に行っている。情報をやりとりする帯域が技術的に増大したからといって、われわれの意識の帯域が自動的に増大し、同時に多くの相手とコンタクトを保てると考えるのは危険である。

意識をシフトする
同時にたくさんの相手とのコンタクトを維持していれば、それがもたらす意味は希少になり、楽しさも減少する。表面のにぎやかさとはうらはらに、内面の空虚さを導く。ワシントンポストのエレン・グッドマンが指摘するとおり、CPAとは意識の集中(full attention)の欠落にすぎない。そして、テクノロジーを駆使して24時間フル稼働で他者とのコミュニケーションを行い、それを自慢とも考えていたヘビーユーザーたちも、同じ結論に達しようとしている。すべての「ハイテク」によるコミュニケーションをいったん遮断し、真の人間的なつながりを自分の生活に取り戻そうとしているのだ。

意識の集中こそ重要
熟練したガラス職人と初心者の違いは、その意識の集中度だ。本能のレベルにまで達する集中度だ。真に価値あるコミュニケーションもまた同じである。相手の人間的な感情と思考に対して全力で集中することを怠れば、いくら技術が発達しても真のコミュニケーションは実現しないだろう。

(文:小谷 洋一)
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TC-INFORMATION

会員企業ひとことメッセージ

■株式会社テックコミュニケーションズ
●会社概要

1993年7月、大日本スクリーン製造株式会社のテクニカルドキュメントの企画・制作、翻訳などを対象とするグループ会社として、京都市内に設立されました。企画・制作から印刷までの一貫した制作体制を社内に構築、スピーディな制作を実現するとともに、大日本スクリーンのドキュメント制作のノウハウを活かして外販を強化、大手メーカーとの取引を拡充させてきました。彦根事業所にはPLラベルをはじめとするラベル製作部門を設置、多品種・少ロットのラベル制作システムがフル稼働しています。本年7月には東京に営業所を開設、今後は全国への展開をさらに強化します。

●マニュアル制作について
2001年には大日本スクリーンのドキュメントのXML化に成功。合理化実現の実績を活かし、XML自動組版ASPサービス「自在空間R」の開発に成功しました。現在は、テクニカルドキュメントはもとより、広報誌、Webコンテンツやe-ラーニングなど、さまざまなコミュニケーション・コンテンツを制作対象としています。
また、ISO9001・14001の認証を取得、それに基づく工程・進捗・品質管理システムを確立するとともに、環境問題にも配慮した制作体制を構築しています。

●協会にひとこと
高齢化社会や製品のグローバル化・高度化に伴い、マニュアルの重要性がますます高まる反面、マニュアルの認知度は未だ高くありません。そこで、協会が中心となり、TC業界のみならず広く一般の方も対象にTCの重要性をアピールいただき、TCの地位向上を推進いただくように希望します。TCが注目を集めることで優秀な人材が集まり、業界全体の発展が促され、TCが人々の豊かな暮らしを支える一助となればいいですね。

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協会短信

朝日新聞が協会の活動を紹介
朝日新聞は、第3社会面「ことば談話室」のコラムで、7月31日と8月7日の2回にわたりカタカナ語の語尾に長音符号をつけるかつけないかが未だ定まらない状況をレポートしました。その第2回目では、そんな中、TC協会が長音符号の表記に関する調査を行い、昨年末にガイドラインを制定、大手メーカーを始めとする約20社が賛同している、と協会のカタカナ表記ワーキンググループの活動を取り上げました。ワーキンググループリーダーの長崎さん(リコー)は、朝日新聞の取材に対して「専門家の言葉を押し付けてすむ時代ではなくなった」と答え、製品や説明書の制作時にガイドラインを採用するよう呼びかけています。

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研究会からの連絡

テクニカルコミュニケーション研究会(TC研)
TC研は、TCの普及、テクニカルコミュニケーターの技術や社会的認知、地位の向上を目指す、所属、職種を超えた個人参加の研究会です。メーリングリストを利用して、TCとその周辺のテーマを中心に意見交換、疑問解決などの活動をしています。
今年の4月から活動の場をYahooグループに移し、会費も無料になりました。

入会の方法は、グループページ: http://groups.yahoo.co.jp/group/tcken/ をご覧ください。

問い合わせ先(連絡はメールかファクシミリでお願いします)
〒107-0052 東京都港区赤坂8-7-18
(株)シー・ディー・エス気付 TC研究会事務局
E-mail:tcken-owner@yahoogroups.jp
FAX:03-5411-5961

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TC協会ニュース 第69号 2005年10月25日発行
*次号は2005年12月25日発行の予定です。
*会員連絡先が変更になった場合は、TC協会事務局(こちら)までご連絡ください。

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